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米国流通視察レポート(後編)

2024.05.08

米国流通視察レポート(後編)

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レポート:POP研究家 向坂文宏(桜美林大学准教授)

米国ならではの売り場づくりと、店頭ツール事例のご紹介

米国流通視察レポートの前半では、先進の店頭DX事例と、リアル店舗ならではの対人コミュニケーションを重要視している事例紹介をしました。

主に東海岸のN.Y.を中心とした事例のご紹介だったのですが、後半は西海岸のL.A.を中心とした店舗や米国のならではの市場環境による売り場づくり、店頭ツールについてレポートします。

 

円安とインフレによる物価高

最近、歯止めのかからない円安についてのニュースが連日のように報じられています。特に日本から海外旅行などに出かける方などは円安の洗礼を受けると思いますが、加えて米国ではインフレが進んでおり、市民生活にも大きく影響が出ています。

例えば、小腹がすいてお惣菜などを買おうと思うと、その価格に驚きます。写真は和食コーナーの握りずしなのですが、6貫パックで14.69ドル、約2,300円(1ドル155円換算)です。また、各国の経済状況をマクドナルドのビックマックの価格で比較する「ビックマック指数」というものがあるのですが、L.A.のビックマックは6.59ドル(約1,021円)でした。

日本では450円なので、倍以上の価格です。ラーメン一杯は17.43ドル(約2,700円)でした。もはやファストフードとは言えない価格帯ですね。

 

(写真:総菜のお寿司、ビックマック、醤油ラーメン)

 

他にも、街中の小さなスーパーマーケットでグリコのポッキーを見かけたのですが、一箱3.49ドル(約540円)です。

日本では税抜きで160円ほどの商品なので、これにも驚きましたが、だんだんと感覚も麻痺し、こんなものかとも思い始めました。

 

(写真:グリコ ポッキー)

 

こうしたインフレの中で米国では労働者の賃金も増えています。最近の平均年収は95,100ドル(約1,474万円)だそうです。

一方で所得の格差も拡大しており、これらの状況は売り場の在り方にも大きく影響をしています。

 

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良品を安価に提供するスーパーマーケットの躍進

高級オーガニックスーパーのホールフーズがAmazonに買収されたのは2017年のことでした。

過去に米国で健康志向が高まり、価格よりも健康で安全な食品が求められる中で、ホールフーズは大人気のチェーンとなりました。

しかし今では、オーガニック食品を扱う安価なスーパーマーケットが増え、顧客を奪われることになり、苦戦の末に身売りをすることになります。この背景にもインフレの中で少しでも安価に商品を購入した買い物客の意識が強く働いたと考えます。

 

米国で最初のスーパーマーケット(※諸説あり)と言われるラルフスも、手ごろな価格にてオーガニック商品を展開しています。

店内のオーガニック食品コーナーには、米国のオーガニック食品の認証である「USDA」のマークが付いた商品や、オーガニック商品のステッカーが貼られた生鮮食品などが売られています。ラルフスの扱う商品の7~8割ほどは一般的な商品なのですが、健康志向のニーズに対してもしっかりと取り組まれており、買い物客にとっては、あえてホールフーズへ行く理由は少なくなったことが想像できます。

 

(写真:ラルフス フレッシュフェアのオーガニック商品)

 

ラルフスでは、メーカーの大陳キットが多く使われていました。特に飲料の大陳キットが多く作られており、背が高く、インパクトの強い展示でした。また、オリジナルの販売什器を設置しているメーカーも多く見られ、店内へ自社の陳列スペースを作り出すと同時に、ブランド訴求に重点が置かれている印象でした。

 

(写真:ラルフス フレッシュフェアの大陳キットと販売什器)

 

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スプラウト・ファーマーズ・マーケットの3つのレス

より安価にオーガニック食品を扱うチェーンとして人気なのがスプラウト・ファーマーズ・マーケットです。

スプラウトでは、生鮮三品(青果、肉、魚)や乳製品、菓子類、サプリメントや家庭用品まで幅広くオーガニック商品を取り揃えています。特にバルク(量り)売りが特徴で、小麦粉や豆類、グラノーラ、コーヒー、菓子など、様々な商品が対象になっています。扱う商品も「グルテンフリー」「オーガニック」「ケト(低糖質・高タンパク・適正脂質)」「植物由来」のものを取り揃えており、健康志向の消費者が安心して買い物をすることができます。

スプラウトでは「無駄な買い物のレス」「パッケージレス」「買い物のタイムレス(分かりやすい陳列)」の3つのレスを約束しており、こうした無駄を省いた売り方で、健康で自然な生活様式を手軽に提供しています。日本でも、様々な売り場でバルク売りを見かけるようになりましたが、まだまだこれだけのアイテムでバルク売りが可能だということを教えてくれます。

 

(写真:店内を見渡しやすいスプラウトの売り場と、バルク売りの商品たち)

 

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ウォルマートのEDLPを上回るハードディスカウントチェーン

近年急激に店舗数を増やしているハードディスカウントチェーンの台頭も、現在のインフレを象徴している事象かと思います。

ドイツ発祥のアルディは、店舗運営コストを徹底的に省くことで、良品を安価に提供しています。

売場面積は1,500㎡の小型店ですが、その無駄の無い売り場づくりの潔さには感心してしまいます。POP広告を企画する方には耳の痛い話ですが、アルディには一切POP広告が置かれていません。商品はメーカーのカートン箱を積むだけの陳列をしており、商品が無くなったカートンは通路の中央にある廃棄用の台車へ投げ込まれます。

通路幅も広く、品出しがし易く、ショッピングカートによる渋滞も起こりません。レジも限られた数しか解放せず、人件費も抑えられています。さらに品目数を1,500アイテムほどに絞り込み、大半をPB商品とすることでコストダウンを追求し、NBと比較して最大で6割も安価に商品を提供しています。

安価でも商品への評価は高く、オーガニック食品なども扱っています。当初は低所得者層をターゲットにしていましたが、高品質と低価格を実現することで幅広い支持を得ることに成功しました。こうしたコスト削減策は、ウォルマートの掲げていた「地域最安値」の戦略を変えさせることにもなったそうです。

 

(写真:アルディの店内と、オープン・カートン・ディスプレイ)

 

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品質とサービスを落としてでも安さを追求する

 また商品とサービスの質を徹底的に落とすことで安価を追求しているチェーンもありました。

ダラー・ツリーは、アメリカの100均ショップのようなチェーンです。当初は1ドル均一ショップでしたが、現在ではインフレや配送コスト増という背景もあり1.25ドル均一ショップとなっています。

ダラー・ツリーでは、商品の品質も価格相応に落としているため、決して健康的とは言えない食品が多くありました。また店舗の運営コストを下げるため、売場が荒れていても手をつけません。視察した店舗の陳列も酷い状況で、商品が倒れようがフックから外れて落ちていようが、そのままです。床にはゴミが散乱していましたが、ゴミもそのままで清掃をしません。翌日に行ってもゴミはそのままの状態らしく、日本の感覚では信じられない状況です。

その代わり価格は徹底的に抑えられているため人気も高く、店舗を順調に増やしているそうです。来店客は低所得者層が大半ですが、こうしたニーズからも米国での所得格差が広がっていることを実感させます。

 

(写真:ダラー・ツリーの店内の荒れた様子。どの店舗も、このような感じである。)

 

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OMOやBOPISなどの店頭DXが進んだホーム・デポ

インフレを背景に価格での差別化が進んでいる現状をお伝えしましたが、コロナ禍を機会に店頭DXによる差別化も進められてきました。

その代表的な業態がホームセンターです。コロナ禍に在宅勤務などの巣ごもり需要が拡大したのは日本も米国も同様でした。

そして巣ごもり需要の中て広まったのが、ガーデニングや、自宅の改装やメンテナンスなどのDIY(Do It Yourself/ドゥ イット ユアセルフ)です。全米最大のホームセンターチェーンであるホーム・デポも、コロナ禍の中でも堅調に売り上げを拡大させました。もともとDIYが盛んな米国では、ホームセンターに行けば家が一軒建つような資材が揃っていました。

ホーム・デポの店舗も広大で、平均的な面積は約10,000㎡、扱うアイテム数も約50,000点あります。入店すると天井の高さや、遥か頭上にまで陳列された商品の迫力に圧倒されますが、そんな店舗内でも商品を探しやすくするために、ホーム・デポでは10年ほど前からデジタル施策を進め、自社アプリによる買い物の利便性を高めてきました。

 

(写真:ホーム・デポ店内)

 

例えば、店頭のプライスカードをスキャンすると、商品情報だけでなく、ユーザーの評価や、多店舗も含めた在庫を調べることが出来ます。

その場からネット通販で注文をすることも可能です。商品画像から商品検索を行うこともでき、その商品が店内のどこに陳列されているかも教えてくれます。昨今、日本でも同様の機能を持った小売業のアプリも増えてきましたが、ホーム・デポをベンチマークしているのではないでしょうか。

 

(写真:ホーム・デポ店内でプライスカードをスキャンする様子と、駐車場での商品受け取りスペース)

 

またホーム・デポは豊富なペンキの取り扱いでも有名です。ペンキが頭上よりはるかに高く積み上げられた店内の陳列には一見の価値があります。

ペンキを購入する人ですが、ペンキの塗られていた部分の塗り足しや、ペンキのはがれた壁の補修など、周りの色と合わせたいというニーズが強いそうです。そうしたニーズに応え、合わせたい色を写真に撮ると、その画像から近いペンキの色を検索してくれる「プロジェクト・カラー」という独自アプリも展開しています。

ペンキ売場へ色見本を持って行けば、その場でペンキの調合をしてくれる専門家もおり、様々な形で希望する色を入手することが可能です。

 

(写真:ペンキが天井近くまで積み上げられた売り場と、ペンキの調合コーナー)

 

このようにホーム・デポではリアルな場での買い物を自社アプリによって便利で快適なものにしており、OMO(Online Merges with Offline)を追求することで独自性を高めました。コロナ禍が明けた今でも、ホーム・デポではネットで注文し、仕事の帰りなどに駐車場で商品を受け取る買い物が根付いています。

 

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店頭での体験とブランディングを重視する家電量販店、ベスト・バイ

店頭DXの事例が増える中で、体験型の売り方への拘りが見られたのが家電量販店のベスト・バイでした。

家電製品は実際に使ってみなくては良し悪しが分かりにくいので、リアル店舗は商品体験の場として重宝されている様子です。

ベスト・バイの店頭訴求では、日本の家電量販店のように単品ごとにPOP広告を作り分けるのではなく、商品ブランドごとに展示空間を作り上げ、ブランディングを意識したものが多数ありました。そのため店内に雑多な感じはなく、洗練された什器が整然と並んでいました。

 

(写真:ベスト・バイ店内。雑多な感じがなく、洗練された空間のイメージ)

 

例えば、スピーカーを取り揃えている「BOSE」「SONOS」などのメーカーは、それぞれの商品のブランドイメージを前面に押し出した専用什器を使用し、他メーカー商品とは一線を画すようにしています。どちらも視聴ができるよう音楽プレーヤーが什器に組み込まれており、スピーカーの音質の良さも体験できます。

また、米国ならではの事情なのでしょうか、ホームセキュリティの売り場が充実しており、「Google」、Amazon傘下の「ring」、「NIGHT OWL」の三社が独自の什器を展開していました。それぞれ木目調のシンプルかつスタイリッシュなデザインで、スマホとの連携した機能などを体験することができます。今やホームセキュリティ商品はスマート家電の一つなのですが、スマート家電の什器デザインに木目調が取り入れられるのはアップルストアの影響なのでしょうか。少し気になるところです。

 

(写真:ホームセキュリティ商品売り場の什器)

 

実はベスト・バイは、最も早くSNSを自社サービスへ取り入れた量販店でもあります。

2009年に、当時のTwitterへ「Twelpforce(Twitter」「Help」「Force」を組み合わせた造語)」というアカウントを立ち上げ、顧客からの質問に対して手の空いている販売員が即回答をするという、カスタマーサポートの仕組みを試みていました。

一つ一つのやり取りがツイートとして残るため、顧客を知るための膨大な定性データとしても活用されました。当時はSNSをマーケティングへ活用する試みは少なく、「Twelpforce」は世界の主要広告賞の一つであるカンヌライオンズでチタニウムグランプリなどを獲得することで注目され、広告業界を始めとしたマーケティング当事者たちに衝撃を与えたことを思い出します。

ホーム・デポと同様に10年以上前よりネットを活用しているベスト・バイですが、リアル店舗での買い物体験を重要視した様々なデジタル施策を見ていると、やはりネットとリアルの役割や目的をどう切り分けるかが、今後の売り場づくりにとって最重要課題の一つであるとういう事を感じます。

 

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その他のトピックス

最後に、今回の視察で気になったその他の事例を紹介します。

 

①多様性社会への対応

多民族国家である米国は国民の多様性を尊重する社会です。そんな文化を強く感じられたのが化粧品売り場でした。

起用されているモデルは必ず黒人、白人、黄色人の三人が登場し、中には性別の判断がつかない中性的なモデルもいます。

そばかすや尋常性白斑といった肌のモデルも多く見られ、外見の違いはその人の持つ個性的な魅力として受け入れられていることが分かります。またアパレルショップでも、スリムな細身の体形のモデルばかりではなく、様々な体形のモデルやマネキンを見かけます。こうした事例を見ていると、今後は日本でもより多様性に目を向けた訴求が求められる気がしました。

 

(写真:化粧品売り場の商品訴求)

 

 

(写真:様々な体形のモデルによるキービジュアルと、肉付きの良いマネキン)

 

 

②先端の店頭DXの今(ウォルグリーンのクーラースクリーン)

ウォルグリーンのクーラースクリーンが日本でも紹介されたのは今から約4年ほど前でしょうか。

リーチインクーラーの扉をデジタルサイネージ化するという画期的なアイデアで、リテールメディアとしての活用も期待されました。

日本の量販店への導入も近いのではないかと思いましたが、一向に採用されたという話を聞きません。現在はどのようにいるのかを現地で確認してきました。

クーラースクリーンは比較的簡単に発見できましたが、使われている風景は少々寂しいものでした。リーチインクーラーの何枚かのサイネージは故障しており真っ黒の画面でした。故障が放置されているのは、メンテナンスコストがかかるからでしょうか。稼働しているスクリーンにはプロモーション映像が流れていましたが、映像が流れているとクーラー内で何が売られているのか分かりません。こうした状況を見ていると、日本の量販店で導入されない理由が分かる気がします。店頭DXは技術主導ではいけないという見本ではないでしょうか。

 

(写真:ウォルマートのクーラースクリーン。黒い画面は故障中である。)

 

 

③Amazon Freshのピックアップロッカーの気になる風景

米国では様々な店舗でBOPIS(Buy Online Pick-up In Store)が活用されています。

ピックアップロッカーもその一つですが、あるAmazon Freshへ行くと、そこではロッカーの前に大陳売り場が作られていました。これではロッカーを使えません。もしかしたら買い物客にロッカーが使われていないという事なのかもしれません。

隣にある商品の返品窓口には常に返品をしている客がおり、店舗が商品の受取や返品の場として活用されていることは伺えます。このピックアップロッカーの扱われ方については、もう少し様子を探ってみようと思います。

 

(写真:Amazon Freshのピックアップロッカー前の大陳売り場)

 

アメリカの店舗の姿は、日本の10年後の姿であると言われていることは、前編のレポートでもお伝えした通りです。

今回の視察では、いち早く店頭DXを取り入れ買い物の一部として活用されている事例や、逆に活用されていない事例、改めてリアル店舗の価値を見直そうとしている事例など、様々な売り場を見る事ができました。

それらに触れる中で、未来の店頭施策を考える時、やはり買い物客視点を最優先にすることが正しいことは間違いなさそうです。

買い物客とのリアルな接点である店頭での買い物体験の最大化は、今後も引き続き求められるでしょう。そんなリアル店舗で、重要な商品体験を促すPOP広告を始めとした店頭プロモーション施策は、今まで以上に重要視されるのではないでしょうか。私の希望的観測も入っていますが、そんなこと感じた今回の米国流通視察でした。

前編、後編と二回に渡りレポートをご覧いただきありがとうございました。

 

 

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