米国流通視察レポート(前編)
レポート:POP研究家 向坂文宏(桜美林大学准教授)
最新の店頭DX事例の現在の様子とは?
コロナ禍が明け、海外の流通視察へ行かれる方も増えてきました。米国の流通業は日本の10年先を進んでいるとも言われ、近い将来の日本の店頭を考えるために、様々な方が視察へ訪れています。
コロナ禍で外出が規制されていた当時、店頭では商品や販売員、来店客と非接触な買い物を行うために、店頭DXと呼ばれる多くのデジタル施策が実施されました。無人店舗などの開発も急速に進み、セルフレジやスマートカートなど、普及するまでにまだまだ時間がかかると思われていた仕組みも、あっという間に身近なものになりました。今では「リテールメディア」というワードにも注目されています。
しかし、リアル店舗への客足も戻った今、特殊な状況下で発展した店頭DXなどの施策は、米国ではどのようになっているのでしょうか。商品やサービスに実際に触れられるリアル店舗のメリットも見直され始めました。今回は、米国の様々な流通企業の店頭状況をリポートすることで、日本の店舗の未来を推察してみたいと思います。
店頭から姿を消したサイネージたち(ウォルマート)
ウォルマートは米国内の年間売上高が約60兆円(1ドル=150円計算)という、米国で圧倒的なシェアを誇る巨大流通企業です。米国の流通業のマーケティング戦略は、常に「対ウォルマート」であり、ウォルマートとどのように差別化するかがポイントでした。
ウォルマートでは、20年ほど前に天井へサイネージを取り付け、映像による店内でのプロモーションを行い注目されたことを思い出します。そして、天井のサイネージでは買い物客の目に触れにくいという検証結果より、サイネージを陳列棚の目線の高さまで下ろしたのですが、この施策を通じて、今では当たり前となった「買い物客目線で店頭プロモーションを考える」ことを実践したことも話題となりました。
2022年には、オンラインとオフラインを融合させた「インタラクティブストア」のプロトタイプ店を発表し、デジタルサイネージを多数設置するなど、OMOを強く意識させる売り場づくりを行っていました。まさに「リテールメディア」をリアル店舗で体現しているイメージがありました。
さて、そんなウォルマートですが、実際に足を運んでみると、ほとんどサイネージが設置されていないことに驚きます。広い店内のどこを見渡してもサイネージが無いのです。ウォルマートと言えば店頭サイネージの先駆者というイメージでしたので意外な光景でした。
(写真:ウォルマートの店内。サイネージはほとんど見られない)
店舗の出入口付近に、やっと什器に取り付けられたサイネージを発見しましたが(インタラクティブストア発表時にメディアなどで見かけたもの)、陳列されている商品と映像が異なるなどしており、サイネージの効果もよく分からないものでした。
つまり、かねてより買い物客目線で店頭を考えてきたウォルマートの店頭にサイネージが少ないということは、ウォルマート店頭においては、サイネージはメディアとしての効果が薄かったということでしょうか。
別店舗では、什器に埋め込まれる形でもう少しサイネージが使われていましたが、「サイネージを探して見つけた」という感じであり、やはり訴求効果については不透明という印象です。最近、日本の店頭でサイネージを見かけることが増えましたが、米国と日本の市場の違いなのか、店頭でのサイネージの効果が怪しいと考えるのか、この点は今後も注視する必要があると感じました。
(写真:入り口付近でやっと見つけたサイネージ)
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先端の店頭DX店舗(amazon goとamazon flesh)
(写真:amazon goの入り口と、買い物のコンセプト「JUST WALK OUT」の文字)
米国の流通業ではウォルマートが圧倒的なシェアを誇っていますが、それを猛追しているのがamazonです。
リアル店舗とネット通販という異なる業態の二社ですが、amazonはネット通販で培った先端のIT技術を駆使してリアル店舗の展開にも力を入れています。その象徴的な店舗が2016年にオープンした無人店舗のamazon goです。
店舗内で商品を手に取るだけで、AIカメラや棚に取り付けられたセンサーが何を取ったのかトラッキングしてくれて、そのまま会計をすることなく店舗を出られるという仕組みです。店舗には販売員などはおらず、無人で運営されています。
今回、都心型の店舗と、郊外型の店舗へ行ってみました。
オフィス街のビルの中にある都心型の店舗は、コンビニより二回りほど小さい広さ。ちょっとした売店のような感じです。店内の入り口には駅の改札のようなゲートがあり、ゲートへクレジットカードを挿入するだけで入店できます。
入店した後は、好きなものを自由に手に取るだけです。一度手に取った商品を棚に戻す行動などもトラッキングしてくれるので、商品選びに悩んでも大丈夫。店内にはホットコーヒー売り場もあり、自由にコーヒーも淹れられます。私も軽食を3点ほど手に取り店を出てみましたが、すぐにamazonから購入内容のお知らせが来ました。
この正確さとスピード感は新鮮な体験でした。日本の無人店舗でも買い物をしたことがありますが、出口やバックヤードには何かあった時のために担当者が控えており、完全に無人というわけではありませんでした。今回のamazon goでの買い物で、やっと無人店舗の利便性に気づけました。
(写真:amazon goの店内、近くで働いているらしい客が何人も出入りしていた)
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またコンビニほどの広さであった郊外型の店舗では、店内でハンバーガーなどの軽食を調理してくれる厨房も併設されていました。
こちらはさすがに無人ではなく、店員が調理をしれくれますが、店舗としての利便性はずっと増した気がします。店内のホットコーヒーは「スターバックス」、水出しコーヒーは日本にも進出した「Stumptown Coffee Roasters」の、人気のお店のコーヒーが楽しめます。
ちょうどamazon goを広げようとしていた時期にコロナ禍となってしまい、数店舗は閉店せざるを得なかったようですが、無人店舗の便利さについては、疑う余地はないと感じました。
(写真:郊外型amazon goの店内)
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そして、これらの技術を活用した未来のスーパーマーケット像がamazon freshです。amazon goで培った「JUST WALK OUT」を活用した店舗と、最新の買い物カートである「ダッシュカート」を活用した店舗と、二種類があるようです。今回、どちらの店舗にも訪れましたが、こちらは現在の店頭DXの限界を感じたものとなりました。
(写真:amazon fresh)
「JUST WALK OUT」を活用した店舗は、amazon goと同様に、天井に取り付けられたAIカメラなどが購買行動をトラッキングしてくれて、レジを通ることなく店外へ出られます。よくこの広さの店舗でも実現できたものだと思います。
また最新の買い物カート「ダッシュカート」は、すでに日本でも活用が増えているスマートカートと同じように、カートに取り付けられたリーダーで商品を読み取り会計を行えるものです。
今までのスマートカートと異なる点は、取りつけられたモニターにamazonの購入履歴から導き出した商品がレコメンドされたり、店内のアレクサと連携して商品紹介をしてくれるなどです。両店舗とも、まさに未来のスーパーマーケットを実現化したと言ってもよいでしょう。
しかし、この素晴らしい技術もamazon freshの買い物客には受け入れられているとは思えませんでした。例えば「JUST WALK OUT」はとても便利な機能だと思うのですが、なぜか買い物客は有人レジに行列。多くの食材購入するスーパーマーケットでは、「JUST WALK OUT」は一度視察しただけでは分からない煩わしさがあるのかもしれません。
また「ダッシュカート」も、多くのカートが用意されているのですが、使用されているものは僅かでした。私もカートを使用してみましたが、例えば間違った商品をカートに入れた場合、そのキャンセルの手間が想像以上に面倒であり、これであれば普通のカートを使って買い物をした方がずっと気楽だと思いました。
(写真:有人レジへ行列ができている様子) (写真:ダッシュカート、多くが待機状態になっている)
amazonの様々な取り組みは、確実に未来の売り場の姿を描いていると思います。と同時に、店頭DXでは解決できないリアル店舗ならではの購買行動の課題も多いことを感じさせてくれました。よく言われることではありますが「デジタル化は手段であって目的ではない」ことを改めて考えさせられます。ただし、このような先進的な企業の成功や失敗のおかげで、店頭DXを始めとする店頭マーケティングが進歩していくのだと考えます。その意味では、amazonは先駆者として素晴らしい挑戦を続けてくれていると思います。
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リアル店舗での人とのコミュニケーションの大切さ(トレーダージョーズとスチュー・レオナード)
さて、ウォルマートとamazonという二大流通企業の現状を見てきましたが、これらに対して独自路線を貫く店舗のユニークさが際立って見えてきているのも、現在の状況かと思います。その一つが、米国で圧倒的な支持を得ており、日本でも人気の高いトレーダージョーズです。
(写真:トレーダージョーズ)
世の中が店頭DXに進む中で対人コミュニケーションを重要視し続け、セルフレジは使わず有人レジのみ、サイネージなども使わず専属アーティストの作成する手書きの告知物に拘っている流通企業です。
有人レジは、多くの買い物客に対応するために20~30か所ほどありました。顧客満足の最大化を目指した商品群は9割以上をPB商品で構成し、また現場の意見を重要視する企業運営は、高い従業員満足度も誇ります。結果、好業績を維持し、また販売員への高い報酬も実現しました。店長クラスで年俸2,000万~3,000万円ほどでしょうか。
ある店舗では、販売員の採用の基準は「ハッピーであるかどうか」だそうです。販売員がハッピーでなくては、買い物客をハッピーにさせられないというのが理由とのこと。確かにトレーダージョーズでは、働いている人も、買い物をしている人も、皆楽しそうです。未来の売り場の姿が、決して店頭DXなどの先進技術だけではないことを教えてくれます。
(写真:トレーダージョーズの有人レジ。空いたレジは番号札を上げて教えてくれる)
また、米国への流通視察で最もよく行かれる流通企業の一つとして、スーパーマーケットのディズニーランドと言われるスチュー・レオナードがあります。このお店もアナログなエンターテインメントを追求している企業です。スチュー・レオナードの企業理念「ルール1:お客様はいつも正しい。ルール2:お客様が間違っていると感じたらルール1に戻れ。」はあまりに有名です。この企業理念は全従業員が誇りを持って守り続けており、コロナ禍を経てもまったくゆらぎません。
(写真:スチュー・レオナードと、入り口に掲げられた企業理念)
スチュー・レオナードの売り場の特徴は、導線を一方通行としていることと、各売り場で子供を楽しませるために歌ったり踊ったりする人形などのギミックが存在することです。まるで遊園地の施設内を歩いているようなエンターテインメント空間であり、買い物客は思わず店内を隅から隅まで歩いてしまいます。まさにリアル店舗ならではのアイデアと言えるでしょう。集客力も素晴らしく、新規出店をする際に、来店客による交通渋滞を懸念した地域住民から出店反対され、出店を見送ったこともあるそうです。スチュー・レオナードはトレーダー・ジョーズとは異なり、セルフレジなども導入されていますが、買い物客の購買体験を最大化するために、リアルなコミュニケーションを最重要視している点は共通しています。
(写真:からくり人形たちによる、歌や踊りのエンターテインメント)
店舗運営の効率化を優先してしまうと、やはりどこかで顧客満足や従業員満足を後回しにしてしまうことがあるのではないでしょうか。顧客満足度(CS)と、働く人の従業員満足度(ES)の両者を高めることが店舗運営では最重要であり、これらを高める店頭DX施策であれば、きっと現場でもスムーズに導入が進むのだろうと、そんなことを感じます。
前半のレポートの最後に
店頭DXは、全体的には大きく進歩しています。今回の視察では、買い物などは全てスマートフォンを使用したクレジットカードのタッチ決済で行え、ほとんど現金は使いませんでした。また米国では、日本とは比較にならないほどBOPIS(Buy Online Pick-up In Store;ネットで購入したものを店頭で受け取る)が進んでいました。駐車場のピックアップレーンには常に商品を受け取りに来た車が止まっています。これは広大な国土面積を持つ米国ならではの現象かと思いますが、これらの買い物のバックグラウンドは店頭DXの進歩によって支えられています。
では、店頭のプロモーション、特にPOP広告などはどのようになっているのでしょうか?次回では後編として、今の米国の問題を顕在化させたような流通企業の差別化策と、店頭で行われていたプロモーションについて報告をしたいと思います。
今回は、まだまだレポートには書ききれない多くの発見がありました。これらはまた別の機会にお伝えできればと思います。本レポートが、皆様の店頭プロモーション活動などに少しでもお役に立てれば幸いです。