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リテールメディアとしてのフリーペーパーの魅力

2024.09.02

リテールメディアとしてのフリーペーパーの魅力

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「リテールメディア」への関心がますます高まっています。注目される発端となったのは、リテールビジネスの中での新たな収益の可能性の高さです。

ウォルマートでは、リテールメディアの売り上げが5,000億円を超えました。またamazonではリテールメディアの売り上げとされているものが約7兆円(※1)となります。

リテールメディアの定義の解釈が分かれるところではありますが、一般的には小売業のECサイトのオンライン広告やリアル店舗に設置されたデジタルサイネージなどを指すことが多いかと思います。日本では、ファミリーマートのレジ上のサイネージや、トライアルのスマートカートを活用したクーポンの配信などが有名です。

さて、これらリテールメディアですが、リアル店舗にて買い物客とのコミュニケーションを担ってきたPOP広告などの印刷物がリテールメディアに含まれるかどうかは、現在も議論されているところです。

リテールメディアは、顧客データを活用し、効果測定が行なえるデジタル広告手法として紹介されることが多い気がしますが、そもそも買い物客はリテールメディアを広告だから見るのではなく、買い物に役立つ情報だから見るのだと思います。売り場で買い物客へ有益な情報を届ける手法がリテールメディアという考え方であれば、昔から店頭にて情報発信をしているフリーペーパーやPOP広告などの印刷物も、リテールメディアとして捉えられるのではないでしょうか。

※1 アマゾンの売り上げの内、「広告サービス」(一般呼称がリテールメディア)セグメントの売上高。

 

フリーペーパーのコンテンツによる売り場づくり

(写真①:「旬を食す」イトーヨーカドー。配布期間後半には無くなってしまう)

 

例えば、イトーヨーカドーで配布されている季刊誌「旬を食す」は、一年を24の季節に分け、それぞれの季節の特徴や注目食材を紹介している人気のフリーペーパーです。

24の季節について丁寧に説明されており、読み物としても勉強となるためファンも多く、配布期間後半には店頭から在庫が無くなってしまうお店もあります。「旬を食す」の内容は青果売り場のサイネージでも活用され、買い物をより楽しむコンテンツとしてサイネージの媒体価値も高めています。フリーペーパーのこうしたコンテンツは買い物客を惹きつける魅力があり、フリーペーパーが有益なメディアであることを証明している気がします。

 

 

フリーペーパーを店頭ディスプレイの一部として

(写真②:店頭ディスプレイとしてのフリーペーパー)

 

また、フリーペーパーをそのまま店頭ディスプレイの一部として使用している例も見かけます。

河谷シャツのフリーペーパーでは、季節のコーディネート例が写真で紹介されており、そのページを開き店頭ディスプレイとして使っています。フリーペーパーの表紙や誌面全体のデザインがブランドイメージと合致している場合、積極的にディスプレイの演出物として使っている例を見かけます。こうした使われ方も、ブランドを伝えるリテールメディアとして捉えても良いのではないでしょうか。

 

 

売り場の一部としてのフリーペーパー

(写真③:「工芸新聞」中川政七商店)

 

より積極的に売場とフリーペーパーを組み合わせた例として、中川政七商店の「工芸新聞」があります。「工芸新聞」は、焼き物や織物などの工芸商品売り場に置かれているのですが、フリーペーパーが売り場の一部となるよう考えられています。

「工芸新聞」は表裏2Pの仕様ですが、表面に工芸品のイラストが大きくあしらわれ、裏面に製品の説明が掲載されています。什器にはこの表面のイラストが見えるように吊るされており、売り場の一角をグラフィカルに演出しています。棚の上部には工芸品がディスプレイされ商品の魅力に触れることができ、そして興味のある「工芸新聞」を自由に持ち帰れます。こうしたディスプレイと配布物を兼ねた使われ方なども、商品の魅力を広く伝えるリテールメディアと言えそうです。

 

 

買い物客のリアル店舗への回帰が言われるようになりました。改めて店頭を視察してみると多くのフリーペーパーが活用されていることに気づきます。

一体、どのようなコンテンツが企画され店頭にて配布されているのでしょうか。今回はフリーペーパーの活用されている実態と、コンテンツの事例紹介をしつつ、リテールメディアとしてのフリーペーパーの可能性を考えてみたいと思います。

 

 

フリーペーパー① ネット通販のフリーペーパー

(写真④:「ぽちたす」イトーヨーカドー/「BASE FOOD JOURNAL」ベースフード)

 

通販やネットスーパーで購入した商品が自宅などへ届いた時に、同封されているフリーペーパーです。イトーヨーカドーのネットスーパーの「ぽちたす」と、完全栄養食品ベースフードの通販に同梱されている「BASE FOOD JOURNAL」は、どちらも月刊のフリーペーパーで、季節に応じた商品紹介やレシピ、食シーンの提案などが掲載されています。

「ぽちたす」は、商品をランキング形式で紹介したり、専門家やスタッフの食材レビュー特集を組むなどの企画が面白く、食材への理解も進み、読み応え充分です。「BASE FOOD JOURNAL」は商品を使ったオリジナルレシピなどが掲載されていて、健康志向の高い読者層には魅力的な内容となっています。

通販やネットスーパーのフリーペーパーは「商品を購入した人」に届くので、読者層は商品やサービスへのロイヤリティの高いことが想定できます。その為、店頭での商品訴求よりも詳しい商品情報を発信し、買い物客との深い関係性を構築することが期待できます。また、必ず手元に届く(廃棄される可能性もありますが)という点も強みです。末永く買い物客との関係性を構築するメディアとして、今後も有用なのではないかと思います。

 

 

フリーペーパー② ブランディングツールとしてのフリーペーパー

(写真⑤:「LifeWear」ユニクロ/「ことつて夏」中川政七商店/「新生活」無印良品)

 

フリーペーパーのような印刷物は、ブランドイメージを分かりやすく伝えることにも長けています。全体のデザインイメージ、写真、タイトル、見出し、文章など、様々な要素を複数のページに渡って掲載するので、手に取った人とは、じっくりとイメージを共有することが可能です。

海外のユニクロへ行った時、日本と同じ「LifeWear」を配布していることに気づきました。これはブランドイメージが世界共通でありブレないことを示しています。無印良品や中川政七商店は、商品を通してユーザーに提供する生活イメージを数ページに渡って写真などで表現し、ブランド価値を分かりやすく伝えています。

(写真⑥:「LUSH TIMES」ラッシュ/「tamaki niime SHINBUN」tamaki niime/「WWD JAPAN」WWD JAPAN/「Re-imagined」カッシーナ・イクスシー/「KAWATANI SHIRT summer 2024」河谷シャツ)

 

ブランドイメージを伝える手法としてのフリーペーパーの活用は、他にも多くの専門店やSPA(製造小売業)でも見られます。世界中でハンドメイド化粧品やバス用品を展開しているRUSHは、海外のタブロイド紙のような誌面作りでブランドの特徴を表現しています。

玉木新雌は兵庫県西脇市にある播州織のアパレルメーカーですが、印象的なグラフィックとモノ作りへの思いを誌面に掲載することで、どのような商品を扱っているのかを伝えています。その企業の事をよく知らない人でも、フリーペーパーを手に取ってみれば、どのような企業かを直感的に感じ取ることができるのではないでしょうか。フリーペーパーはブランドイメージを比較的容易に共有できるメディアであるとも言えそうです。

フリーペーパー③ 食品スーパーからの情報発信

(写真⑦:「旬を食す」イトーヨーカドー/「BLANDE Times」U.S.M.Holdings/「くらし方録」マルエツ)

 

イトーヨーカドーの「旬を食す」の他にも、様々なスーパーマーケットがフリーペーパーを通して食生活をより充実させる情報を発信しています。内容はチェーンによって様々で、同じスーパーマーケット業態でも商品を提供するアプローチの違いのあることが興味深いです。

スーパーカスミの最新業態であるブランデは、買い物を通して新たな食の体験を提供することがコンセプト。フリーペーパー「BLANDE Times」には、生産農家が登場し食材を紹介するような誌面構成や、シズル感のある写真で食材の魅力が紹介しており、店舗のコンセプトをしっかりと感じることができます。一方でマルエツの「くらし方禄」はレシピ紹介の冊子です。身近な食材を使った様々な旬な料理が紹介されていて、気軽に食生活を充実させてくれる内容が詰まっています。フリーペーパーはコンテンツの作り方で、しっかりと自社の個性を主張し、競合店との差別化を行えるツールであることが分かります。

 

フリーペーパー④ 地域の魅力発信をするフリーペーパー

(写真⑧:「Range」エフエム富士(山梨県)/「瀬戸マーレ」本四高速(瀬戸内地域)/「シン・エヒメ」伊織(愛媛県)/「とべ陶街道をゆく」砥部町(愛媛県伊予郡砥部町)/「山の日」石井スポーツアドベンチャーズ)

 

都道府県のアンテナショップや、高速道路のサービスエリアなどでは、地域の魅力を紹介したフリーペーパーが多く配布されています。

紹介している地域の広さも、県単位であったり市町村であったり特定のエリアであったりと様々で、デザインのテイストから各地域の雰囲気が伝わって来ます。内容は、観光名所や特産品などを紹介する観光ガイドとなっています。どれも地域の魅力についてふんだんに伝えており、いつかはゆっくりと訪問したくなります。それにしても、いつの間にこれほどの種類の地域のフリーペーパーが登場したのでしょう。背景にはDTPが身近なものになり、小ロット印刷が行いやすくなったため小さなエリアでも制作がし易くなったということがあるかと思いますが、情報を取りまとめるのも大変です。いくつかの冊子を合わせれば、有料でもおかしくないような情報量になります。

制作が大変でも、フリーペーパーが効率よく地域の魅力を伝えられるメディアとして認識されているということでしょうか。

 

 

フリーペーパー⑤ 百貨店や最新商業施設、鉄道会社などの情報発信

(写真⑨:「SSB」フードメット/「ODAKYU VOICE」小田急電鉄/「S.C.STYLE」日本橋高島屋S.C./「月刊SHITATE」青山商事)

 

百貨店や鉄道会社も、昔からフリーペーパーを活用しています。百貨店は、主にアパレルブランドの紹介などを行っていた記憶がありますが、最近のものを見るとイベントの告知が多いようです。また鉄道会社は沿線のレストランやカフェの紹介や、観光ガイドを掲載しています。

最新の商業施設でもフリーペーパーの活用が目立っています。渋谷サクラステージ4階にあるフードコートでは、各店舗の魅力を凝縮させたフリーペーパー「SSB」を制作しています。渋谷という情報発信地に完成した最新商業施設だけあって、グラフィックや写真などにかなりのこだわりが見られ、店頭に置かれているだけでオシャレな雰囲気を醸し出しています。洋服の青山でもオーダーメイドスーツ「Quality Order SHITATE」のために「月刊SHITATE」を新たに制作していました。こちらは商品アピールのためのプロモーションツールという意味合いが強いですが、定期的に内容を更新しフリーペーパーとして情報発信をするという手法が新しい気がしました。

 

続々と登場するフリーペーパー

(写真⑩:「はとぼん」イトーヨーカドー/「おふろ新聞」小杉湯/「FORTY SEVEN Newspaper」 OSM International)

 

その他にも、最近制作された様子のフリーペーパーを色々と見かけます。イトーヨーカドーは、また新たに「はとぼん」を制作していました。内容は「ぽちたす」に近い印象で、バイヤーや料理研究家などが商品などについて解説をする、こだわりの食材情報などが掲載されています。

確認したイトーヨーカドーのフリーペーパーとしては3種類目となります。メディアとしてどのように使い分けているのかが気になるところですが、設置場所は同じ店内で配布されている「旬を食す」とは少し異なり、誌面内で紹介されている食材売り場の近くにも置かれています。食材についてこだわりのある、ロイヤリティの高い買い物客用でしょうか。

(写真⑪:売り場での「はとぼん」の設置と、WEBサイト)

 

また今年4月にオープンし話題となったハラカドの地下にある銭湯「小杉湯原宿」にもフリーペーパーが置かれています。銭湯に関する話題と一緒に、花王のバブが紹介されており、広告媒体としても活用されているようです。

新聞紙のような誌面デザインは銭湯との親和性も高く、設置されている風景からは何か懐かしさも感じさせてくれます。同じハラカド内にオープンしたスポーツキャップの老舗メーカ’47(FORTY SEVEN)にも店頭にフリーペーパーが並べられており、爽やかな写真が店舗を夏らしく演出していました。

(写真⑫:ハラカドの地下にある小杉湯原宿と、「おふろ新聞」の設置)

 

フリーペーパーならではのコミュニケーション

改めて店頭を見てみると、フリーペーパーの種類の多さに驚きます。店頭DXとしての 「リテールメディア」が話題となることが多い昨今ですが、印刷物であるフリーペーパーも有用なリテールメディアとして同時に見直すべきだと思いました。

改めて、様々な事例を通してフリーペーパーの長所を考えてみました。

<情報発信側の長所>
・ターゲット層をある程度想定できる 
・制作しやすい 
・コンテンツを様々なメディアでも活用できる 
・配布しやすい
<読み手の長所>
・一覧性があり情報を俯瞰しやすい 
・手に取りやすい(利用しやすい)

印刷物は、ひと昔前に比べると、金額やスケジュール面でも、デザイン面でも、かなり制作がしやすくなっていると思います。また実際に手に取り、多くの情報を読者のペースで確認できるという一覧性は、特に高齢者の方には読みやすい表現方法でもあります。

一方で、時代にそぐわない短所もあります。

 

<フリーペーパーの短所>
・効果測定がしにくい
・エコではない

リテールメディアに求められている最も重要な機能の一つが効果測定かと思います。残念ながら印刷物の効果測定方法については、現在も明確なものはありません。また、どうしても製造が必要なことと、廃棄されてしまうことも多いため、環境負荷は増える手法かと思います。

ただし、店内でのデジタルサイネージなどの活用は、正直なところ、まだまだ試行錯誤が続いている状況ではないでしょうか。今回のレポートを通して、店内の買い物客とのコミュニケーション手法としてのフリーペーパーは有用な手段であることが分かりました。最新のマーケティング手法を追うと同時に、フリーペーパーを通して買い物客に効くコンテンツを企画していくことも、またリテールメディアを考える上で必要なことだなと強く感じた次第です。

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

文:POP研究家 向坂文宏(桜美林大学准教授)

 

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